街道をゆく5 モンゴル紀行
司馬遼太郎 街道をゆく5
モンゴル紀行
当時は国交が結ばれて数年後で、モンゴル人民共和国まで行くにはソ連経由で、しかも、数日かかったと。
ソ連に入ること自体も容易なことではなく、検問もような雰囲気であったという。共産圏だ。
ソ連時代には旅行者の存在も怪しいイメージだったのかもしれない。
何日もかけてソ連からモンゴルへ入国する。
広大な面積に新宿区くらいの人口しかいない。
国外の中国領内にいるモンゴル人の人口の方が多いという。
今は日本とも相撲を通じて親しみのある国であるが、共産圏の一部であった時代には若者はソ連の大学へ留学するのがエリートだと。
でも、留学して、休暇でモンゴルに戻ると、若者は、ソ連や外国には本物の森や池や草原がない。すべて人工的なものだと感じてしまうらしい。それほど大自然のなかに暮らしている国民。
都市では近代的な住宅に住んでいても、草原のゲルの方が住みやすく感じている国民。
近代化という視点とは違ったモノの考え方が必要な国。
それは日本人が忘れてしまっていることかも。
人口の違いは極端にあるが、日本人の精神は農村や漁村にあるはずで、それを壊してしまったのは高度経済成長なのか?

